海外の事例から学ぶベーシックインカムの実態
世界で注目されるベーシックインカム。導入がもてはやされるが、実際に導入される未来はくるのか、国民の注目が集まっている。その実態について。
毎日政府から現金が送られるなどまるで魔法のような印象を覚えるベーシックインカム。特に日本においてはあまり詳細に語られることが少なく言葉だけが独り歩きして、正しく言葉や効果を認識できていないようにすら感じている。
ベーシックインカム(Basic Income)とは、個人が最低限文化的な生活を送るために必要な基本的(Basic)な所得(Income)を現金で給付する形で保証する制度だ。最低限所得保障制度の一種であり、所得レベルや年齢、その他のあらゆる条件に左右されずその国の国民であれば誰でも、毎月給付を受け取ることが出来るというのが特徴である。Basic Incomeという言葉の頭文字をとってBIと呼ばれることがある。
決して新しいアイデアではない
つい最近生み出されたようなこの革新的なアイデアだが、決して新しいアイデアではない。
トマス・ペインという人物を知っているだろうか。
イギリス出身のアメリカ合衆国の哲学者である彼は「コモン・センス」というアメリカの独立戦争の起爆剤ともなったベストセラーを生み出した。今やアメリカ合衆国の建国の父であるとも形容される彼については高校の歴史の授業で学んだ人も多いかもしれない。
実は彼がどうやらベーシックインカムのアイデアをはじめて生み出した人物のようなのだ。
彼が1976年に出版した著書「土地配分の正義」において、21歳になった際に成人として生きていく元手として15ポンドを国から支給し、50歳以上に対しては毎年10ポンドを給付するべきだと述べている。この考え方が現代のベーシックインカムの基礎を作ったと言われているのだ。
それ以降もアメリカでは、市民権運動の時代にキング牧師が訴えるなど定期的に政治的な議論としてあがって来ているそう。この流れが今世界中に普及して、日本でも議論されるようになっているのだろう。
なぜ今ベーシックインカムが再び盛り上がっているのか
端的に言うと、社会不安とテクノロジーの進化である。
BIの導入が検討されるようになった社会背景には日本社会全体が貧困や格差社会に向かいつつあるということが大きいように思われる。厚生労働省の調査によると、日本は世界第三位の経済大国でありながら、7人に1人が貧困にあえいでおり、シングルマザーなどの一人親世帯では半数以上に貧困に苦しんでいるという。
ここで重要なのは決して日本では最低限の衣食住に困る絶対的というよりも、社会全体で見ると相対的に貧困層に属するという相対的貧困の課題のほうが根深く、より貧困格差が拡大しているということだ。
そのような所得格差が拡大していく流れと同時にインターネットや人工知能の発達によって仕事自体のあり方が変わろうとしている動きもある。端的に言うと、私達が現在やっている
仕事が機械によって取って代わられる可能性があるということだ。この大きな流れは実感する人は少なくないだろう。飲食店に行くと無人レジが設置されており、今までいたはずの店員の数は減っている。会社での経費精算はソフトウェアが自動で解決してくれる。この流れがあるため、今後私達は無理をして働く必要がないという論調が上り、同時に国民に最低限の現金を給付するBIが注目されるようになってきているのだ。ホリエモンこと元ライブドア社長の堀江貴文さんや学者の一部の人達もBIの支給を推進しているのもインターネットテクノロジーが切り開く未来を想像することが出来ているからというのもあるだろう。
ベーシックインカムのメリットと課題
メリット
ブラック企業が少なくなる
BIが導入されることで企業に従業員が依存する体制が崩壊するメリットが考えられる。今までは生命を維持するために、不当な労働環境であっても我慢する必要があった労働者たちがBIを支給されることでわざわざ我慢してまでそこに留まる必要がなくなるからだ。
非正規雇用などの雇用問題も是正すると考えられているのも同様の背景だ。企業側も従業員の最低限の生活維持のために無理やり雇おうとしなくてもすむからだ。この点から見ると、労働者にとっても企業にとってもフェアなメリットが得られると考えられる。雇用者と被雇用者が対等な関係で経済活動が出来るのは大きな魅力かもしれない。
貧困問題が解決する
働くことで最低限の生命を維持しなければならないという不安はBIによって国民は開放されるようになると考えられている。今日生きるための最低限の現金は国によって支給されるからである。BIがワーキングプア問題という働いているのにもかかわらず貧困な状態である社会問題を解決するかもしれないと期待されているのはこの理由からである。生活保護のように一度生活が困窮した人を救う形ではなく、生活が困窮した人を生み出さない仕組みとしてBIは優れていると言えるだろう。結果として、犯罪が減るなどといった効果も期待されているのは想像に易いだろう。
「働く」という行為の意味合いを変えられるのがBIのメリットの一つでもある。人々は最低限の生活維持のための労働から解き放たれるため、余暇と仕事のバランスを自分自身で選ベるようになる。今までお金にならないからとって諦められていた趣味や生業にしたかったことがに取り組む人が増えることが可能になるだろうという予測だ。もし失敗したとしてもBIによって最低限の生活を営むことが可能になるという心理的安全性は多くの人を挑戦へ向かわせ結果として社会も多様に豊かになるかもしれない。この世界が実現できれば人類はウェルビーイングな状態に向かっていると言えるだろう。
生き方が多様になる
課題
財源の確保が難しい
BIを導入するからと言っても、お金が湧き出してくるわけではない。政府の政策として実施する以上財源を確保する必要がある。社会福祉の政策の一つとしてのBIであるが、ただでさえ財源確保に嘆いている日本にとっては高いハードルとなっている。この莫大な財源をどこから賄うのかはBI導入議論において最も大きな論点となっている。
デフレーションを引き起こす可能性がある
BIが全国民に支給される未来を想像してみてほしい。ここでは雇用主が従業員の給与をあげようというインセンティブが働きづらくなる。今までのように最低限の生活を維持させてあげなければという雇用主の動機はなくなるからだ。賃上げを実施せず、賃下げばかりが起こるようになると自然と社会はデフレに向かい、不景気になる。そうなると財源確保も困難になり、負のスパイラルに陥ってしまう可能性があるのだ。
国民の労働意欲が低下する可能性がある
BIが導入された社会において、「働かざる者食うべからず」という考え方は通用しづらくなる。しかし資本主義である以上、私達の生活は私達の労働によって成り立っており働かなくなった結果社会が成り立たなくなる。勿論、人工知能が代わりに仕事をしてくれるじゃないかという意見も一部にはあるのだが、もしその未来に期待しているのであれば、テクノロジーの発展という観点と人類のリテラシーの向上という観点から見ても、BIが導入されるみらいははるか未来のことになりそうだ。
海外でベーシックインカムを導入している事例
フィンランド
世界初の取り組みとして、フィンランドでは国全体でBIの実証実験を行った。2016年末より、ユニバーサル・ベーシックインカムの2000人を対象に実証実験を行った。内容は失業手当給付者から無作為に選んだ2000人を対象に毎月560ユーロ(約6万8000円)を給付するもので、雇用の促進を目的にしたものだった。
結果については、2019年から2020年にかけて少しずつ公開されていくと発表されており、その結果を踏まえてフィンランドとして正式にBIを導入するかどうかを検討するそうだ。
現段階では「雇用促進にまでは至らないが、対象者の幸福感は向上している」という暫定結果を発表している。
カナダ
カナダのオンタリオ州では2017年から三年計画でBIの試験導入を実施していた。約5000万ドル(約55億円)と言われたこの一大実験は世界中から注目されていた。
従来のカナダ国民の所得の約半分位の金額を所得レベルに応じて4000人を対象に実施した。
しかし、2018年7月31日に導入実験の打ち切りを決定している。原因は、莫大な予算に対して、新政権含めた国民が賛同しなかったからだと言われている。
その他
2016年にはその他にもスイスでは国民投票によってBIの導入の是非が議論されている。給付金額は日本円でおよそ30万円という金額で財源確保の実現性も踏まえて議論されたが、結果として否決されたという。
いかがだろうか
2045年に人工知能が技術的特異点を超えるシンギュラリティが来ると言われている。そうなると、多くの仕事がAIによって代替され、私達の働くということの意味は大きく見直されるかもしれない。
これは決して日本だけの話ではなく世界全体の未来だ。
社会における歪みを埋める手段として注目されているベーシックインカム。世界でも一部の国が革新的な施策として実証実験を開始している。
最低限の生活を営むことが可能になり、人々が金銭的な不安から開放され、生き方そのものが多様になる。ベーシックインカムというアイデアは、人類の次のアジェンダである「いかに幸せに生きるのか」「ウェルビーイングに生きるとは」という問いに対しての一つの解になるのかもしれない。
ベーシックインカムに関連するオススメ書籍
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AI時代の新・ベーシックインカム論/井上智洋
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